ピノキヲストア
詩・小説展示ブログ
February 05
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「さーて、今年もやってきたぜ北校名物ミスコン!今年は賞金も上がったんでみんな気合入れてくれよ!」
陽気な掛け声とともに、広い体育館に一斉に歓声が上がる。
色めきだつ男子、黄色い声を上げる女子。どよめく生徒達をステージから見渡し、司会の生徒は満足げな表情を浮かべた。
青浜 倫也。生徒会に所属し、数々の行事を取り仕切る北校の重要人物の一人。実は賞金の額を上げ、大知達に久和の出場を頼んだのも彼である。
――マジで久和が出てくるとはなぁ、こいつはおもしろくなるぞ。
ひそかにほくそえみながら、倫也は声を張り上げた。
「準備はいいな!それじゃあ、いくぜ!」
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「始まったぞ。」「始まったな。」「始まったね。」
大知達三人はギャラリーの奥で、次々と登場してくる華やかな衣装の生徒達を眺めていた。
「有力候補は誰だと思う?」
空輔がにやつきながら尋ねた。
「ん、吉野あたりじゃないか。女子から凄い人気だった。」
「金崎さんかな?何せ生徒会に入ってるんだしね。」
「ヒヒヒ、まあ、久和が予想通りのことしてくれりゃ何の問題もねぇけどな。」
心底楽しそうに口元を歪める空輔に、二人は深く同意して頷いた。
「でも空輔本当に好きだよねー、そういう風に人いじるのが。もしかして、S?」
半ば本気で恐る恐る尋ねる歌織。
「ん、そうかもな。しかしまあ、俺は別に人を傷つけて喜ぶような性質じゃあない。ただ相手のされたくないことをする、それが俺の流儀。」
「うわぁ、あっさり認めちゃったよ。しかも、それって普通より性質悪くない?」
「さて、どうだかなー?」
空輔は喰えない笑みを浮かべると、すぐに視線を戻した。歌織は何か言いたげだったが、やがて諦めて口を閉じた。
その様子を大知は微笑ましそうに眺めると、ステージの方を見て呟いた。
「お、そろそろあいつの番だな。」
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「さあ盛り上がってきた所で、次はお待ちかね我らがよろず部、粟田久和!」
力一杯倫也が叫ぶと、それに呼応して一際大きな歓声が起こった。
それもそのはず、ただでさえ有名なよろず部のしかもあの『暴君』の女装姿が拝めるのだ。カメラまで取り出す輩もおり、館内は熱気に包まれた。
そして、舞台袖からゆっくりと暴君が歩み出ると――辺りは騒然となった。
無造作極まりなく跳ねまくっていた髪は、流れるように輝き、淡い色彩の着物の上で艶やかに揺れていた。そして、普段は凶悪な顔立ちは薄化粧を施され、凛とした空気を醸し出していた。
予告されていなければあれが久和であると誰が信じられただろうか。観客一同は目の前の光景に絶句した。
――何だこの雰囲気?俺何かまずいことしたか?
静まり返った観衆に久和は妙な焦りを覚え、どうしようかと辺りを見回してふと思い出した。
――笑え…ってこんな状況でどうやってだよ!
心中で毒づくも、何かしない限りこの状況は変わりそうにない。
どうしようもない現状に小さく息を吐くと、込上げる羞恥心を必死で堪え、どうにかこうにか笑って見せた――――――意図せずに頬を赤らめ、初恋の人に告白するように。
「――!」
鈍器で殴られたような顔をして十数人の男子生徒が大きくよろめいた。顔を赤くしたり、あんぐりと口を開けている者のもいた。女子は真黄色な嬌声を上げ、館内は一気に沸きあがった。
「反則だろ今のは。」「あいつ男って嘘だよな。」「つーか女にしか見えねぇ。」「可愛いからいいんじゃねぇの?」
口々に勝手なことを言う生徒達。そしてその上のギャラリーでは、空輔が腹を抱えて笑い転げていた。
「ヒーヒャハハハ!やったぜ、やりやがったぜあの馬鹿!ヒャハハハ!」
「予想はしていたとはいえ、久和の影響力にはホント驚くよ。」
「まあ、これで優勝はもらったね♪」
そう言って呑気に笑い合うと、すぐさま三人は立ち上がり、極めて迅速にその場から撤退した。。
『逃げる』、それがこの先、命に係わる事項であることを知っている者はいなかった。
俯き、恥辱と憤怒に身を震わせる暴君とその幼馴染三人を除いては――
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「おぉ、こりゃあもう投票前に優勝決定しちまったかな?」
巻き起こるどよめきを耳にして、それに負けないような大声で倫也が叫ぶ。
「そんじゃあ、よろず部優勝でいい奴、拍手―!」
すると、周囲一帯から轟々と嵐のような拍手喝采が起こった。
「久和ちゃーん!」「こっちむいてー!」「もう一回さっきのやつやってくれよー!」「付き合って―!」
彼方此方から冗談とも本気ともつかない言葉が飛び交う中、倫也はご機嫌な様子でステージに戻った。
「よーし、じゃあ優勝者インタビューといこうか。おーい、久――――」
和、と続くはずだった言葉は、倫也が後ろを振り返ったときにぷっつりと途絶えた。
先ほどまでその身を震わせていた久和が、今度は氷のような怒りの表情で周囲の体感温度を激烈に低下させていたからである。
――やばいっ!
すくみ上がった倫也の脳内で危険信号が鳴り響くが、もはや手遅れだった。ゆっくりと久和が蠢き、恐怖に硬直している倫也からマイクを奪い取ると、極北より冷たく、深海の底よりも重々しい声で言い放った。
「……全部忘れろ。さもなけりゃ――――――消す。」
館内が再び静まり返った。しかし、その静けさは先刻とは全く違う、底冷えするような恐怖に満ちていた。
そう、いくら麗しかろうが彼は男であり、暴君なのである。
久和は悪魔も泣いて逃げ出すような形相で凍り付いた周囲を一瞥すると、そのまま外へ飛び出していった。
⇔
「くらぁっ、逃げんなっ!そこの裏切り者三人!」
「ヒャーハハハ!ひでぇ言い草だなオイ、しっかり優勝できたろ?」
「うるせえっ!よくもはめやがったな、絶対にぶっ飛ばしでやるっ!」
「そんなこと言わず、許してくれよ。男女ともに大人気だっただろ。」
「そうそう、せっかくの可愛いお顔が台無しだよ、久和ちゃ~ん♪」
「っだぁあああぁぁ!畜生!」
後に、校内を逃げまくるよろず部の三人と、それを追い回す着物姿の暴君が目撃されたという。