ピノキヲストア
詩・小説展示ブログ
February 05
第一話「最強×4」
どこにでもありそうな学校の
どこにも居そうにない高校生達のお話。
⇔
森城北高校 二階
「ああ!手前っ、ケーキ返せ!」
部活の時間帯で人気の無い廊下に大きな声が木霊した。
震えるドアガラスに貼られた紙には、(よろず部)と大きな字が書かれていた。
そのドアの向こう側、長髪をバンダナで纏めた青年が、片手にケーキ、片手にフォークを持った少女を壁際に追い詰めていた。
さらにその部屋に置かれた長方形のテーブルには、二人の青年がお茶をすすりながら座っていた。
広くも狭くもないその部屋は、中々に異様な雰囲気であったが、誰も気にする者はいなかった。
「いいか歌織、それはなぁ、駅前のケーキ屋で朝から並んで買った貴重品だぞ!」
「ふう、カロリーの取り過ぎを気にしてあげてる優しい心をどうして久和は分からないの?」
歌織と呼ばれた少女は溜息をついて頭を振り、それに対して、久和と呼ばれた青年は米神を引くつかせ怒りに震えていた。
今にも切って落とされそうな戦いの火蓋を、トンと湯飲みを置く音が遮った。
「まあ、とりあえず席に着いてもらえないか?」
のほほんとした声で仲裁する灰色の髪の青年、大園大知に二人は渋々パイプイスに腰をかけた。
「よし、じゃあ空輔、始めてくれ。」
そう言うと、彼の隣に座るジャージ姿の青年、樋上空輔はとことこと備え付けの黒板へ歩いていった。
「今月の仕事は、携帯の奪還、猫探し、各部活の助っ人、恋文の代筆・・・・・・」
つらつらと白いチョークで書かれていく事柄はおよそ部活らしからぬものばかりだった。
この部活(よろず部)は、小学校からの幼馴染四人が創立させた運動部でも文化部でもない特殊な部活である。
生徒から教師までのあらゆる依頼を受け達成するのを活動の旨としており、校内便利屋とも呼ばれている。
「で、最優先のはこれだな。」
大きく丸で囲まれた所には『校舎裏のゴミ掃除』と書かれていた。
それに大知は神妙に頷くと、すぐに指示を出した。
「じゃあ、現地には久和と歌織で行ってくれ。俺達はいつも通り小細工担当だ。」
その言葉に全員が不敵に微笑む。
それがこの最強の部活が始まる合図。
⇔
「さて、ここだよな。」
長く簡素な形状の竹箒を肩に担いで久和は校舎裏に来ていた。
意外に広いその場所には、使われていない物置小屋や廃棄された自転車などが置いてあり、その壁には薄汚れた染みが残っていた。
誰も立ち入らないせいか、アスファルトがひび割れて雑草が生えてきている。
「おい、そこの。」
不意に声をかけられ、辺りを見回すと十数人の男子生徒が物陰から久和を囲むように歩み寄ってきた。
彼らの服装はごちゃごちゃで、お情け程度に着た制服に、いかにも不良といった髪形をしている。
「何の用だ?坊主がここに来るのはまだ早いぜ?」
リーダー格らしき男が余裕の表情で久和に近づいてきた。
久和はそれに動じることもなくいつもの調子で答えた。
「別に、ゴミ掃除に来ただけだ。」
一瞬の沈黙、その後に大爆笑が起こった。
「ぎゃははは!掃除だってよぉ!」
「馬鹿だ!死ねよ!」
「いい子だねー、ヒヒヒ!」
不良達は口々に笑声を上げ、辺りは爆笑の渦に包まれた。
そんな中をリーダーはニヤニヤと笑いながら再び久和に話しかけた。
「いやー、笑わしてもらっちゃったなぁ。だからお前もちょっと有り金を置いて・・・」
「話が長ぇ。」
そう呟くや否や、竹箒を握り締め瞬速でリーダーの顎に叩き込んだ。
「っっ・・・!」
声にならない悲鳴を上げアスファルトに倒れこむリーダー格。
不良達の顔から笑みが消えた。
殺意をたぎらせる不良達を尻目に、久和は不敵な笑みを湛えて箒をくるくると回して見せた。
「言ったろ、ゴミ掃除に来たって。」
その言葉の真意をやっと理解し、不良達は怒りで真っ赤になった。
「テメエ!ただで済むと思ってんのか!」
怒声を上げてそれぞれの懐から取り出した得物はナイフやスタンガン、鉄パイプといったありふれたものだが、この数で襲われたら怪我では済まないのは明らかである。
にもかかわらず、久和は一層口元をゆがませた。
「ああ、優秀な応援団長がいるからな。」
次の瞬間、人が飛んだ。
「はいはーい、四番バッター参上!」
能天気な声とともに、不良達の後ろから一人の女子生徒が現れた。
「このアマっ!何をしやが・・・!」
罵倒の言葉は途中で途切れた。後ろを振り向いた彼らはその女子の姿に戦慄した。
額に巻いた赤い鉢巻、片手に持った木製のバット、それらから割り出される人物はただ一人。
北校史上初の女子応援団長、京司歌織。
ようやく彼らは、自分達の置かれている状況のヤバさを把握した。
前門の虎後門の狼、恐怖で身動きを取ることも出来ない不良達を挟んで二人は実に軽やかに会話を始めた。
「歌織、勝負だ。伸した数が俺のほうが多かったらケーキ代弁償してもらうからな。」
「ふふん、いいよ。私のほうが多かったらチャラね。」
「よし、じゃあ始めるかぁ。」
「ぎゃああああああ!」
哀れな断末魔が虚しく空に響いた。
⇔
「あー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえるかぁ、不良方御一行!」
数分間の大暴行の最中、電柱に備え付けられたスピーカーから、けたたましいボーイソプラノが轟いた。
「空輔か、まだ勝負の途中だぞ。」
「いいんじゃない、早く済んで。」
別段驚いた様子もなく、二人は自然に構えを解いた。
「な、何だ一体・・・」
一方、突然の放送に混乱を抑えきれない不良達を弄ぶかのように、スピーカーからの声は止まることなく鳴り響いた。
「えー、この度は我々の活動にご協力下さいまして誠に感謝いたしてやるぜ!
その善行をより多くの人々に知って頂こうと思い、我々はささやかな善意を送るから上をよーく見やがれ!」
言われるままに不良達は上を見上げ、そのまま絶句した。
彼らの頭上、校舎の窓から大勢の生徒がおもしろそうにこちらを眺めていた。
「まあ、そういうわけで。」
混乱のあまり思考が凍結してしまった彼らに追い打ちをかけるように、今度は大知の落ち着いた声がスピーカー越しに流れた。
「多くの生徒の要望により、あなた方にはこの場所を使用するのをやめて頂きたいわけです。ちなみにこの放送はもちろん職員室にも流れていますのであしからず。」
その言葉に不良達の顔から血の気が引いた。
それを見透かしたかのごとく、大知は満足げに呟いた。
「どうやらご理解を頂けたようです。では、みなさん失礼しました。放送は大園大知と。」
「樋上空輔でお送りしてやったぜ!」
ぶつんと言う音がして再び静けさが訪れた校舎裏で不良達は顔面蒼白な様子で口を開いた。
「お、お前らまさか・・・」
弱弱しく吐かれた声に、久和は後ろを振り向き面倒くさそうに答えた。
「ああ、よろず部・・・って言えば分かるよな。」
⇔
最強の部活、最強の四人。これから綴られるのはそんな彼らの愉快な日常。