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詩・小説展示ブログ
February 03
「はーはっははああぁ。とどめじゃ」
「・・・・」
「はあっ?何か云ったかのう?」
「・・・さい・・・」
「聞こえんのう?許しでも請うたか?」
彼女の顔は、
「五月蝿い!」
将に阿修羅の顔だった。蒼龍はまるで、蛇に睨まれた蛙。一瞬動く事が出来なかった。
「は、はっはっは。其の意気だ」
彼女はもはや、彼女ではなかった。
「テメェ、いつまで余裕こいてんだ?ふざけてると・・・死ぬぞ」
直後、蒼龍の腕は有るべき所から離れていた。
「ぬうう・・・」
痛みに悶絶する。然し、彼は、
「ふざけるなあ!殺してやる!」
残った腕を振り回して襲い掛かって来る。
「我が舞の前に・・・」
彼女は踊りだした。蒼龍の攻撃は当たら無い。然し、躊躇いなく彼の体は切り刻まれていく。重い防具がまるで水の様に、体ごとズタズタになる。
「くそう。何だお前はあぁ!」
「散れ・・・」
修羅の舞は戦場に真紅の薔薇を咲かせた。身に纏っていた純白の衣は修羅に相応しき真紅へと変わっている。
「ははははは、誰が弱いんだって?」
彼女の後ろからは歓喜の叫び。前の軍隊は武器を捨て、跪いて居る。
焔が彼女のもとへと行こうとした時、彼女は倒れた。
「姫!」
彼は彼女を抱き起こした。顔に付いた血を拭くと、可愛らしい少女が眠っていた。
「姫、やりましたね」
焔は、彼女の耳元で囁くと、
「戦は終わった。撤収する。町へ戻れ。西の者は此処で自害するか、この国に貢献するか選べ。勿論、後者を選んで欲しい。それから・・・・」
「葵、姫様が起きたら綺麗にしてやってくれ」
葵は、彼女を抱いて、城へと戻っていった。
疑問を抱きながら・・・。この疑問は全員が感じている筈だ。如どうして彼女があんな事を。
「今は様子を見るしかないか・・・」
焔は深く悩まない様にした。
彼女が起きたのは真夜中。勿論、血塗れのまま。
「ふあぁぁあぁ。むにゃむにゃ。あれ?」
彼女は自分が血塗れだという事に気付いていない。
「・・・うにゃああぁぁぁぁぁあああ!?」
絶叫。駆けつけて来る足音。朧火と焔が着いた時には葵が慰めていた。
「あ、二人とももう大丈夫で御座います。だいぶ落ち着きましたから」
「気が付いたら血塗れで、びっくりもするわあ!ああ、びっくりした~」
三人は、不思議そうな顔をしている。
「覚えて・・・いらっしゃらないのですか?」
恐る恐る葵が尋ねると、
「何をだ?」
と無邪気に返答した。
「戦の事で御座います」
焔が付け足した。
「戦かぁ。覚えておらん。相手の攻撃一発で気を失ってしまうとは、無念。其れより、風呂に入りたい。葵、一緒に入ろう。な。な。」
其れから葵は、彼女を連れて浴場に向かった。
「姫様は何も覚えていない。然し、自分が城に居るのは分かっている。どういう事だ?勝ったのも覚えていなければ、負けた事も覚えていない筈なのに。彼女の中では、戦に勝った事になっている。朧火。どう考える」
朧火は、紙に『不知』と書いて彼に見せた。
「そうか、仕方ないか、取り敢えず様子を見よう。何も分からなければ、動きようが無い」
「なあ、葵。何が在ったのだ?戦の時に、勝利した事しか覚えていないし、体中が痛いし、見塗れだし・・・」
葵は何も話さない。葵は自分が見たことを否定しようとしていた。
「怪我の手当てはして置きましたが、血を流したら、傷口が開かないように、また手当てをしますので、痛いかもしれませんが、我慢してください」
「むっ、私はそんなにやわじゃない。この程度の傷痛くも痒くも無いわ。・・・其れより、私のせいで皆に心配を掛けてしまった。すまない。私は、もっと強くなりたい」
「はい、強くなれますよ。まだまだ、若いのですから」
葵は笑いながら彼女の背中を流してあげた。痛みを我慢している所がまた、可愛らしく、愛らしく、子供らしく・・・。然し、大器が備わっている。そうで無ければ、民はこんなに小さく幼い子供に命をあずける訳が無い。
皆信じているのだ。彼女の成長を・・・。
「こっ、こらっ!葵、何処を見ておる。痛い。」
「あらあら、痛くも痒くも無かったのではないのですか?」
そう云うとまた彼女は、我慢し始める。
(私は何時もあなたを見守っております)
「む?何か云ったか?」
いえ、とだけ応えて、葵は、彼女にお湯をかけた。ふみゃー!?という声が浴場に木霊した。
その後数年は、何処からも攻められる事無く。時は流れていった。
そして、五年が経った。領土は少しだけたが、それ以外は変わりが無い。東とは休戦している。南北は何かを狙ってか仕掛けてこないが、情報は途絶えている。裏で何か怪しい動きをしているらしいが、未だに素性は分からない。
「はあっ!」
かんかんと木がぶつかり合う音がする。戦っているのは、彼女と葵。早朝早くから稽古をしている。然し、
「てえいっ!」
彼女の木刀が葵の物を弾き飛ばし、首筋へと向けられる。
「お見事です。修羅姫様」
もう稽古とは云えない。修羅は青いよりも強く、朧火よりも賢く、焔よりも統率力があった。ただ・・・、
「汗を掻いた。背中を流してくれ」
「はい」
「なあ、葵。如何してお前の髪はそんなに綺麗なのだ?」
「姫様も十分綺麗で御座いますよ」
「そ、そうか?」
「はい」
修羅は恥ずかしそうに、お湯の中で、ぶくぶくと息を吐いている。
そう、精神は未だ子供のまま。それ以外はすべて素晴らしい成長を見せているのだが、何故かこうなった訳だが・・・。真相は不明。
「修羅様!」
大声で彼女を呼んだのは焔。
「何だ?騒々しい。後に出来ないか?」
いや、其れが・・・、と曖昧に話している。
「なんだ?云ってくれ」
「はい、何か修羅様の客だと申すものが来ております。どう致しますか?」
彼女は、いったい誰だろう?と少し考えて、「分かった。通しておけ。客間に案内しろ。すぐに行く」
そう云って、彼女は風呂を出た。
客間には、なんかかっこいいぃ、という小奇麗な青年が大人しく座っていた。
「待たせたな。お前、ここらでは見ない顔だな。率直に云う。誰だ?」
すると彼は、すっと立ち上がり、
「修羅姫!」
と云って、いきなり姫に抱きついてきた。
「なななななぁあ?」
修羅は顔を真っ赤にしながらも、抵抗しない。というより、免疫が全く無く。どうすればいいのか分からないのだ。
「修羅姫様!」
葵が咄嗟に彼を引き剥がす。そして、ずるずると牢の中へ・・・。
「落ち着いたか?」
と葵が云う。
「ああ、先程はすまなかった。あまりに可愛かったものでつい」
修羅は、葵の後ろに隠れている。顔は未だ真っ赤だ。
「おおおおおぬしっ。何をするのだ!」
彼女は、呂律が廻らなく、完全に取り乱している。
「ははは、すまないすまない。そんなに怯えないでくれ。あと、此処から出して欲しいな」
「なななな何を云う!ふ、ふざけるにゃ」
「あっはっは、面白い姫様だ」
「笑う出ない!お前は誰じゃ!」
「ああ、すまない。未だ名乗っていなかったな。俺は、東の長『琥露奈』だ。さて、いきなりだが、俺と結婚してくれ」
ボンッと彼女の思考回路が焼き切れた。そして、きゅうと其の場に倒れてしまった。
「姫様!大丈夫で御座いますか?」
葵もおろおろしている。
「あなた、其処で待っていてください。すぐ戻りますから」
「あっ、ちょっと、お~い。行っちゃったよ」
葵は、修羅を抱きかかえて、もうあんなに遠くへ、そして、琥露奈は其の場に取り残された。ひゅ~、と風が吹いた気がした。
「姫?大丈夫ですか?」
「大丈夫ではない!あんなことを言われたのは・・・初めてだ」
未だ顔が赤い。隣で朧火がいつのまにか煽いでいる。
「姫様。あの男はどう致しますか?」
焔が問う。
「だっ、だいぶ落ち着いた・・・から、連れてきてくれ。牢は・・・寒いだろう?」
言葉が明らかに動揺している。三人も、姫がそう云うのなら、という様子で彼を連れ出した。
琥露奈が修羅の所へ連れてこられた。修羅はそっぽを向いている。頬を紅に染めて。
「おお、修羅!また会えたなー」
と、琥露奈がまた襲い掛かって来る。三人の制止をひらひらとかわして。
しかし、
「ええい!寄るなあっ!」
素晴らしい打撃音。彼は数メートルも飛んだ。が、
「えらい歓迎だな」
平気な様子だ。
「お前、琥露奈とか云っていたな。其処の三人をすり抜け、私の攻撃にさえ受身を取ってかわすとは、相当の腕前だな」
彼女は、思った事を其のまま述べた。つもりだったが、
「じゃあ、惚れ直したって事で、契りを」
彼にとっては、婚約が成立したのと同じ。
「まっ、待て!心の準備が・・・」
修羅もその気のようである。しかし、其の瞬間、其の空気が変わった。
「さて、本題に入ろうか。俺は、戦いをしたくない。修羅、お前と同じでな。然し、戦無くしてこの乱世の統一は不可能」
彼女の顔からも恥じらいは消えている。
「それで、如何したいのだ?此処で戦うのか?私は構わないが」
修羅は戦闘態勢に入っている。
「違う・・・」
然し、彼の言葉に其れは崩れた。此処にいる者は皆、不思議に思っている。
「そこでだ。この国と協力しようというわけだ。国の長が来た方が説得力あるだろ?」
一同は頷き、
「お前の云いたい事は分かった。私も出来るだけ戦は避けたい。協力しよう」
と云うと、彼はまた一変し、
「じゃあ、結婚しよう。式はいつ行う?今かそうか、分かった。では誓いの証を・・・」
そう云うと、彼は徐に修羅の頬に口付けをした。
「な、な、な・・・」
又もや、きゅう、と倒れてしまいそうな彼女を抱きしめ、彼は、三人に云った。
「じゃ、そう云う事で。よろしく」
何故彼等は姫を助けないのか?と思う人もいるかもしれないが、彼等には其れなりの考えがあるのだろう。其れとも、姫に、呆れているのか。まあ、其れは無いだろう。きっと、余りにいきなりも出来事で、考えが付いていかなかったのだろう。朧火は・・・何かを分かっているようだったが、やはり口に出す事は無かった。
「むう?此処は?」
彼女が気付いたとき、彼女は柔らかいものに包まれていた。其処は彼女の寝室だった。
「おお、やっと起きたか。そんなに驚く事は無いと思うのだが・・・」
彼女は一瞬動きを止め、そして、城全体に聞こえるような声で叫んだ。
「何でお前が此処に居る?私に何をした?吐け!吐かぬか!」
目にも止まらぬ速さで其の部屋の隅まで行って、常備の小刀を片手に男に問う。
「何をって、あんなこと?」
彼女の顔は蒸気が上るほど赤かった。そして、何処からか太刀を取り出して彼に襲い掛かって来る。
「まっ、ちょっ、待て。冗談だ」
しかし、彼女は完全に我を失っている。
「仕方ない・・・」
と云って彼は、修羅の剣戟を掏りぬけて、またも、彼女に口付けをした。
「ななななななななな・・・」
やはり、赤くなり紅くなった。そして、力なくその場に座りこんでしまった。
「此れ効くな~」
「お前また」
彼は抗う力の無い修羅を軽々と持ち、柔らかい布団に寝かせた。
「さて、聞いてくれ。俺は交渉に来たんだ。東の統一について、な」
彼女のすぐに目の色を変える。
「お前は、この国に統一されるのではなかったのか?交渉とは何の交渉だ?」
琥露奈は、ゆっくりと口を開いた。
「実は条件があったんだな。・・・其の条件は、修羅・・・お前と結婚する事だ」
「ほう、だからあんなに接近してきたのか」
「まあ、そういうことだ。しかも、七日以内に結ばないと戦になる。あの老い耄れは、俺の結婚を快く思っていないんだ。俺は、戦をしたくない。なあ、もう一度云う。俺と結婚してくれ」
彼は真剣だった。嘘偽りの無い誠実な顔。彼女はしばらく考えた末、
「焔、朧火、葵!」
と、三人を呼んだ。
「・・・ということだ。お前たちは如何思う?私としては・・・構わない・・・のだが」
恥ずかしそうに云う修羅。彼女の気持ちを両方から察してか、焔が口に出した。
「戦事にならないのなら、其れが一番でございます。祝言はいつ挙げますか?」
「明日で、よろしく」
琥露奈は即とうする。もう其処には、先程までの誠実な姿は居なかった。
「なっ!?」
驚いたが、身動きが出来ない彼女は、辛うじて動く腕でじたばたした。
「分かりました。町の者にも知らせなければ、祝言は昼から、其れまでに支度をしましょう」
「お前もか!葵」
彼女の叫びは空しく響いていった。
次の日、式は大々的に行われた。
「本当にするのは、こんな大勢の前で」
「仕方ないだろう?こうでもしなければ、老いぼれどもが信じてくれぬ」
「・・・仕方ない・・・か」
綺麗な花嫁姿の修羅は、浮かない顔をしていた。対する琥露奈は、いつも通り。
「ほら、出るぞ。笑って」
「あ、ああ・・・」
そして、二人は城を出た。
途端に湧き上がる衆の歓声。其の中、二人は誓いを交わした。
遠くで数人の黒装束が、東へ向かっていった。
「まったく。あんなに大勢の前で・・・恥かしい。何であんなに長いのだ!?」
「いいじゃないか。今日から晴れて夫婦だ。仲良くやっていこうな」
「?」
「おいおい、惚けてるな?俺は本気だぜ?こんな綺麗な嫁を持てて幸せだ」
「んな!?見せかけだけじゃ?」
「ちっちっち。俺は本気。領主は貴女でいいから、よろしくな」
言葉が詰まってしまった彼女に又もや、誓いを交わす。然し彼女は微動だにしない。琥露奈は面白がって頬っぺたをぷにぷにしたり、鼻をつんつんしたりしている。然し彼女は動かない。ショックだったのか、はたまた大感激だったのか。其れは定かでは無きにしも非ず。寧ろ前者である。飽きたのか、琥露奈は彼女を持って城の奥に行った。
次の日、東から使者が来た。どうやら本当に結婚したのか確認に来たらしい。あまりに率直な質問に表情が崩れそうになるのを辛うじて止め、
「不躾な。昨日大々的に発表したであろう。今更そのような事は聞かぬものだ」
とだけ云った。彼等が帰った後、やはり恥ずかしい様子の修羅であった。
「ふぁあ~。清々しい朝だな。修羅お目覚めの口付けを」
思い切り何かを何か槌のような物で打つ音がした。琥露奈は其の儘昼まで寝ていた。
「おお、起きたか?寝相が悪いな。あそこから此処まで来るなんて。それにもう昼だ。幾らなんでも寝過ぎではないのか?」
と、からかったが、
「う~む、昨日からの記憶が無いんだが。修羅、何かしたか?」
「いや。何も」
感の鋭さは流石と言った所だろうか。危なかったと思いつつ、笑いをこらえるのが必死。
「其れより、南北統一の作戦をたてようか」
彼は、楽観的に応えて、他の三人と共に城の一室へと向かった。クスッ、という彼女の微笑は彼に届いたのだろうか。